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石垣りん『ユーモアの鎖国』


 1973年北洋社より刊行。私が手に取ったのは電子版で1987年にちくま文庫に収録された散文集。素朴な言葉で編まれた戦前戦後の風景と詩人の横顔。飾りものではなく、暮らしに関わる実用的な詩が好きだという著者。彼女にとって詩とは「自身との語らい。ひとに対する語りかけ」であり、そして「日本の言葉がふるさと」なのだと語っている。


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 「海とりんごと」「犬のいる露地のはずれ」、社内報の戦没者名簿に寄せた「弔詩」等、エッセイの間に挿入された詩はどれも心に沁みる作品ばかり。終戦の頃に書かれた「犬のいる露地のはずれ」は特に印象深く、老犬の瞳が静かな夜に煌めく星のようです。銭湯への道すがら、露地の真ん中で横になっている芋屋の老犬と見つめ合う石垣さん。一日の終わりに会う「犬の顔をしている人間の仲間」。互いの無事を確認し合っているかのような尊い描写から、何ものにも代え難い平穏な一日の輝きと重みが伝わってきます。


 ご飯にかつぶしをかけた猫まんまよりも、撫でてほしい野良猫。石垣さんにただ会うために毎晩通ってくるノラさんのお話も胸がぎゅっとなりましたけど、猫って愛を食べて生きているんじゃないかと思うような情の深い動物で、そんな一面をさらっとしたためているところに感性豊かな詩人の目を感じます。石垣りん風に言えば、猫の顔をしている人間の仲間。


 詩人のトーチライトが路地裏を照らし、声なきものに声を与える。詩作の裏では明かりのない夜を過ごし、敗戦の年には空襲で家が焼け落ち、病身の家族を支えて独身を貫く。疎開もせず、14歳で入社した丸の内の銀行で定年まで勤め上げた。当時は「生活詩」と呼ばれていたそうですが、ふと坂口安吾の言葉を思い出します。



 美しく見せるための一行があってもならぬ。美は、特に美を意識して成された所からは生まれてこない。どうしても書かねばならぬこと、書く必要のあること、ただ、そのやむべからざる必要にのみ応じて、書きつくされなければならぬ。(中略)終始一貫ただ「必要」のみ。そうして、この「やむべからざる実質」がもとめた所の独自の形態が、美を生むのだ(坂口安吾『日本文化私観』より)





ブログテーマ:読書の秋
by hofmizuki | 2025-11-20 07:10 | 石垣りん

芸術作品と旅のメモ。旅先で撮った写真を添えて記録していきます。


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