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アンゼルム・キーファー 神話の語り手と女性


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 新表現主義の芸術家、アンゼルム・キーファーを追った『Anselm – Das Rauschen der Zeit』を視聴したのでメモ。2023年に公開されたヴィム・ヴェンダース監督によるドキュメンタリーフィルムで、邦題は『アンゼルム “傷ついた世界”の芸術家』。キーファー氏も監督も同年のドイツ人。作品の背後から響いてくる詩人パウル・ツェランの声、胸が締めつけられるような絶対的な孤独が反響するインゲボルク・バッハマンの詩の朗読等、貴重な映像作品。


 キーファー氏は南西ドイツのブーヒェンにある古い工場を改修してアトリエとしていたが、制作の場を南仏バルジャックに移している。黒い服を着て巨大なアトリエで日々取り組むテーマは、「傷ついた地球の肌」と「Lilith(リリト、リリス)」。リリトは旧約聖書のアダムの最初の妻であり、現代では女性解放運動のシンボル。アダムに従わず男性と対等な関係を望んだことから追放され、ユダヤ教の伝承では男性にとり憑く悪霊とされた女性らしい(魔女伝説に繋がる存在?)。「最大の神話は人間自身」であり、その神話は男の作り話だと氏は呟く。


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 作品を通して氏が向き合っているのは、歴史や古代神話から浮かび上がる「存在の耐えられない軽さ」。人間の存在、それは「雨粒より軽い」と彼は言う。物議を醸した彼のナチス式敬礼(ドイツでは1945年以降禁止)の写真は挑発ではなく、当時の学校で戦争やファシズム、第三帝国について学ぶのはほんの三週間程度で彼には反省しているとは考えられず、忘却への抗議として鏡像を突きつけたのだと語っている。湾岸戦争の頃に「化石の戦闘機」を展示したベルリンでの会見では、「(批判から)逃げてはいない。神話は現在も通用し、理性とは違う方法で歴史を理解する合理的手段」だと答えている。戦争とは「理屈も分別も通用しない世界」であると。


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ゴッホ『La moisson』、1889年の作品。サン=レミの療養所から見た小麦畑。フォルクヴァンク美術館にて撮影。神と自然と人間の繋がりを描こうとしたゴッホが、収穫の絵を描いていた時には刈り取られる麦が一瞬人に見えてしまったという(弟テオへ宛てた手紙)。


 表現主義の源流であるゴッホに影響を受けたキーファー氏は、十代の頃にゴッホの足跡を辿った旅に出てスケッチを残している。彼の作品は火を使って加工する危険な作業工程もあり、鉛や藁等の素材を使った重層的でダイナミックな画面構成からゴッホの作風を思い出します。新表現主義の画家であるジュリアン・シュナーベル監督が手掛けた『At Eternity's Gate/永遠の門』では、迫害と病の中で絵を描き続けていたゴッホがこの世に居場所がないと作中で語っていたけれども、現在フランスで暮らしているキーファー氏もドキュメンタリーの中で「追放された」と感じている旨を語っている。国家権力を反映させた建築物やシンボル等をモチーフとした作品を挑発的だと捉える人同様、不快なものとして批判する人たちが少なからずいるのでしょう。真理を追求しようとするその制作活動の厳しさを想像すると非常にタフな方であるという印象。


 一枚目の写真はハンブルク美術館にて。この展示室にはハンス・マカルトが描いたカール5世の巨大な歴史画やナポレオンの肖像画もあります。二枚目はベルリンを訪れた2023年に撮影。「Westerbork(ヴェスターボルク通過収容所)」へ手向けられた朽ち果てていく一輪の花。





 毎日ニュースを見るのが恐ろしくて気が滅入ります。ふと思い出すのが、第一次世界大戦末期の西部戦線を描いたエーリヒ・レマルク著『Im Westen nichts Neues(西部戦線異状なし)』。ナチス政権下で焚書となったそうですが、ドイツの学校では第二次世界大戦後に教材となっている作品だと聞きました。私は数年前にエドワード・ベルガー監督の映画の方を観ましたが、印象に残っているのがフランスと停戦交渉にあたるドイツ経産大臣、それからドイツの若き無邪気な志願兵たち。彼らはまるで遠足にでも出かけるように戦地へ赴き、歩兵の若者は消耗戦でみんな死んでしまう。現在の危うい国際情勢を注視しているとこれが遠い昔の話とは思えない。どうして人類はこんな愚行を繰り返すのだろう。






by hofmizuki | 2026-03-10 05:11 | アンゼルム・キーファー

芸術作品と旅のメモ。旅先で撮った写真を添えて記録していきます。


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